電子工作関係まとめ

1970年ごろ、「子供の科学」に載ってた1石トランジスタラジオを作ろうと、ニュー秋葉原センターの小澤電気商会で半導体・九十九電機でCRを買ったのが発端で、以後断続的にやってきた電子工作のまとめですよ。でも、2021年に作ったブログなので過去のデータはほぼ無いです。

PICについては、こんなことをやったのだが、PICは勿論、半田付け自体もそれ以来ほとんど(全く?)やってなくて、12年ぶり?に半田ごてを出してみたらコテ先が酸化しまくっててイモハンダの嵐ですよ。

でもまあ、こんな感じで作業してみた。 IMG_20210610_143026
別件で、換気扇をつけたので、作業環境は抜群だ。メチャ狭いけどwww(^^♪
まあここは、応急処置作業場なので応急作業しかしないんですよ。

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とまあ、生まれて初めてチップセラミックを触って半田付け。当然ながら、大昔はこんなに小さい部品は無かったですよ。

肉眼(しかも近視用メガネ)&ピンセット無しのラジペンだけで半田終了。ちゃんとショートしてないかは不明w

CQ出版の50K MAX10搭載!FPGAスタータキット DE10-Lite入門を買ってやってみる。 178362233_5361267173948266_6172608019587234317_n
と、これが、ようやくうまく接続されたところの画像なんですが・・・
ここに行くまでにはいろいろ難点があって、

自分のノートPCにデバイスドライバをインストールしたいだけなのに、WindowsのBitLockerを解除するために、デスクトップPCとスマホSMSまで総動員でセキュリティー解除が必要という・・・

Windows 10 の Proをインストールしてしまったためこういう目にあったみたい。こういうことをやるのなら、Homeのほうがいいらしい。今回はじめて経験したので次回からはそうしようということで。

測定器については、三和のテスターなど懐かしいのがいろいろあるけど、記録は全く残ってないですね。唯一あるのが、中古で買った、岩通のシンクロ。これですよ。昔は、岩通だけは自分のところのオシロを「シンクロ」と言ってて、これが割とあこがれの機械だった。こういう変な名前つけるのは昭和時代にはやってた。ソニーのテープレコーダーは「テープコーダ」とか言ってたし。今の時代からすると、何それwwwな感しかないけど。

あと、大昔、TEAC A-3300Sがあったころ、菊水のオシロを新品で買った記憶が。でも当時高かったので、帯域は狭かった記憶がありますね。ただ、波形が見れるっていうだけで当時は革命的だった。それ以前は測定器がテスターだけで、オーディオ帯域だけじゃなくて高周波やデジタル回路まで作ってたから、かなり無謀っていうかそうやるしかなかった時代ですね。見えないところは勘でwみたいな。

こういう観点からみると、本当に今の時代は夢のようないい時代ですね~。まあそれ以外の要素はいろいろ大変だけど。。。

オーディオ用の真空管よりも、通信用、さらに言えば、その辺のゴミ捨て場に落ちてた5球スーパーや白黒テレビにくっついてた真空管が馴染みがありましたね。

個人的には、6BM8が好きだった。6U8、6BA6あたりも。5MK9は渋かったw。このあたりの話は大昔ここに書いた。超三結アンプを作ったのはず~っと後。昔作ったコンテンツは残しておくものですね。今見るとすごく懐かしい。モノは場所を占有するので捨てざるを得ない場合が多いけど、コンテンツならサーバー契約さえちゃんと維持してればずっと残るからね。

超三結アンプの記事を読み返してみると、ラジオセンタ・ラジオストア・ラジオデパートで買ったんですね。まだ吉野家があって牛丼食べたり。JE1QMS開局30周年とか書いてあったけど、来年はなんと50周年ですよ。

なんといっても、トヨムラがダントツ。今となってはUDXとかで見る影もないが、たぶんこのへん

1971年の夏~秋ごろ、ここのトヨムラで、開局準備のためはじめて無線機を買った。TR-1200とマスプロの4エレ八木と、アイガローテータ(アイガローターART-3000だった)。今にして思うと、今までの中ではその当時が一番環境的には無線には向いていた。ここには無線関係はこれ以上書かないが、こっちに書いてますよ。
あと、ここのトヨムラは数年後火事になって、それ以降無くなってしまったですよね。

今は亡き、ロケット本店にも無線機があった。今もあるラジオデパートのほうのロケットのアマチュア無線の店も時々行った。あと、富士無線電機も。富士無線は、ヒロセパーツセンターに行くついでにたまに行ったかも。

1970年台前半が、一番華やかな印象が個人的にはありますが・・・まとめると。

・オープンリールデッキ---秋葉原中に沢山店はあったが、まだできたばかりのラジオ会館の1階にあった十字屋で、デッキと木のマルチラックを買ったのがすごく印象的。TEACのA-3300Sだった。オープンリールを新品で買ったのはこれが最初で最後。

・レコード---石丸電気2号店の、5階のフロアがメイン。石丸の3号店ができて、本店がリニューアルしてからは、3号店と本店でも買った。本店のほうがすいてて買いやすかった。3号店から本店に行くときには、角に漢方薬の店があってその脇を通るときには臭いがすごかった。w あと、計測器ランドもその漢方薬のそばにあった。

・オープンリールテープ---ラジオ会館4階の、富士音響がダントツ。メーカーのテープは勿論、富士音響オリジナルの激安プラリールの10号リールがあって、それを買うのがコストパフォーマンスが高い。ちなみに、当時ラジオ会館3階にはサトームセンかなんかのテレビの画面が直に見える場所にコーラの販売機があって、そこでコーラを飲みながらテレビを見るのが定番。偶然「妖星ゴラス」をやってたのは鮮明な記憶(^^♪。

・カセットテープ---石丸電気2号店で、箱買いするのが基本。10本なら大したことないが、20本買うと2箱になり重くなるので、紙袋2枚で包んでくれた。アキバで紙袋2枚の歴史は、多分ここからスタートしてるはず。当時、SONYのテープは湿気に弱くてすぐに劣化したので、買ってたのはほとんどTDK。ADが多かったけど、たまに重要な録音のときにはSAを買った。メタルテープは高かった。

・ヘッドホン---パイオニアのSE-20だったか。「傷だらけの天使」で一躍有名になったモデル。その頃買って、結構しばらく使ってましたよ。

今の秋月電子通商。昔は信越だった。漢字は多分信越電気商会?だと思ったが記憶があいまい。
今の秋月の通りよりも、一本南側にあった記憶が。

その信越の脇には、当時はまだ、千石電商などは無く、信越に向かう角のところに米軍放出機材を豊富に売ってるジャンク屋があったのが印象的。当時ジャンク屋はそこら中にあったが、ラジオガアデンあたりに沢山あった気が。そうそう、万世橋あたりですよ。

あとは、秋葉原のガード下は、ラジオセンターとラジオストア。あそこはだいぶ先の時代まで存続してたけど、個人的には部品を買うのはニュー秋葉原センターがお気に入りで、時々信越・・・っていう感じだったかも。ラジオデパートも。

ニュー秋葉原センターには、国際ラジオ(国際ラヂオだったか?)があって、あそこもものすごく濃い店だった。

※追記 --- 信越の奥に亜土電子があったのは、ず~っと後。マイコンが世の中に出てきてブームになったころですね。8080AとZ80で自作マイコン作った。6800系は作らなかった。

1970年ごろ、「子供の科学」に載ってた1石トランジスタラジオを作ろうと、はじめてアキバに行って、ニュー秋葉原センターの小澤電気商会で半導体・九十九電機でCRを買ったのが発端。

当時小澤電気の店頭には、チラチラ左右に電飾が光ってる電球みたいなのがあったり、九十九電機の店員さんには片手が不自由な方がいらしたりして、ニュー秋葉原センターの隣にはシントクエコーがあって、そこから横断歩道を渡った角に、ラーメン屋があって、そこでラーメンを頼むと・・・

「ラーメン、ワン」と店頭の番台みたいなところに座っている店員さんが、奥の厨房に向かってしゃべるのではなく、「有線インターホン」を使って音声を伝えるという装備があったwのが、当時からハイテク??な秋葉原なのであった。

な~~~んて・・今の時代、こんな話が通じる人が果たしているのか?どうかは、激しく謎。

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